2017年02月11日

狭い葛飾、遠い親族

先日、いつものごとく葛飾へ行ってきました。
前々から知っている、いつもの面々の人脈の狭さにいつも感心?
驚かさせられて?
いるわけですが、なんでかっていうと

毎度のN師とJ師は母方の従兄弟同士、料理人のほうのN師とD師は実の兄弟
また別のN師とY師は実兄弟、ヒゲのJ師と最初のN師は同級生でJ師の嫁さんは
最初のN師と幼なじみ、マンションは違えど家はマンションの近所。
これはここら辺の仲間では一部なんですが、このうち5人は同じマンションで
生まれ育った幼なじみというこの狭さ、赤ちゃんだったのをだっこしていた事もある。
しかも30過ぎた今でも地元の飲み屋でばったり出くわして普通に一緒に飲んでいる。
この繋がり、狭さはすごいですよ。
何丁目ってレベルのエリアで引っ越しもせずにずーっと一緒。
もちろん彼らの両親も一緒。
現在もそのまま。
立石のうちだで自分のお父さんと普通に別席で飲んでるレベル。

IMG_1439.JPG

これが例のマンション。


さて、この日はたまたまなんですがこのマンションのあたりで飲むかってことになり
N師とJ師(従兄弟)とマンション(N師の実家)の向かいの焼き鳥屋で飲んでいました。
当然ここは彼らの家族ぐるみで小さい頃から知っている店です。
するとJ師の両親がいらして一緒に4人で飲む事に。
N師からすると親戚のおじさんおばさんになるわけです。

で、そこをあとにこれまた家族ぐるみのお付き合いのある近所のお寿司屋さんへ
行きました。ちなみにこのお寿司屋さんで、N師とJ師(従兄弟)は出前のバイトを
していました。お寿司屋さんの息子さんはN師の姉と同級生。

IMG_1440.JPG

美味しい刺し盛りをつまみに飲んでワイワイしていました。


ここからが本題です。
そのお寿司屋さん、店主は70歳くらいで僕が目黒から来たと言うと店主も出身は
目黒だと。店主は3中で僕は4中。
まあ、そのくらいは偶然と言えるレベルだと思います。
住まいはと聞かれ三田だと答えるとやはり3中の区域なので店主はその辺の地理に明るい
わけです。
僕の自宅の近所に路地があって、そこに空き家のボロ屋がいまだにあって、そこの人は
同級生だったそうで、さらにその並びにもう一件友達がいたそうでその人の名前を聞くと
僕の母方の親戚だったのです。
その家は、僕のひいおじいちゃんの兄弟の親族なので遠い親戚になってしまい
直接には面識はありませんが、表札も確認していますし親類の人がいることはこちらも
わかっていました。
母方のルーツは長野に本家があって、お寿司屋さんの店主も母方の親戚もまだ子供で
戦争のときに疎開してその長野の家で一緒に過ごしたと言っていました。
お寿司屋さんの店主と母方の親戚は中学を卒業し、疎遠になって50年後、
お互いどこで何をしているのかも知らぬまま、たまたま母方の親戚は奥戸にある
このお寿司屋さんに知人と入ったところ、店内に飾っている店主の表彰状の名前で
気づいて長らくの時間を経て再会したそうです。

そしてさらに何年か経った後に友人の地元に招待されて
僕がそのお寿司屋さんに行ったという、経緯です。



、、、長い文章になりましたが
奥戸と言う縁もゆかりも無い場所に
縁の濃いい家族親族幼なじみの輪に引き寄せられたのか
こんなご縁が生まれました。

N師もあんな目を輝かせてた店主は久しぶりに見た。と言っていました。
長い時間を経た太い絆に、関わることのできたわずかな細い線ですが
繋がった感がなんだか偶然では片付けられないちょっと特殊な驚きがありました。
店主の嬉しそうな顔が惹き付けられる力がありましたね。

おそらくですが疎開先で店主と僕の母親は会っていると思うんですよね。
夜でも長野から見た東京の方の空は真っ赤に燃えていたそうです。
posted by sexysugi at 06:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする