2017年11月22日

釣趣

先日、いつもお世話になっている釣りと酒場の師匠と金鮒(キンブナ)釣りへ。
鮒は鮒なんですが、これは体が金色をした金鮒という種類です。
銀鮒(マブナ)ではありません。
農地が続く田舎のとある水路に静かに暮らしています。
まるっこく小さな魚体でなんとも愛らしい。

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ここか。
こんなところにいるんですよ。
しかしまあ、今現在においても携帯も持たない師匠、よくこんな場所を見つけた
もんです。

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タナゴ仕掛けで静かにゆっくり釣り糸を垂らすと。。。

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水温の下がった水たまりの底の方からアタリが。
ほれ釣れた。

このシチュエーションで、この仕掛けで、この魚を釣る、全てのプロセスに
風情と情緒があります。
それを釣趣(ちょうしゅ)といいます。
凝った和竿に小物用仕掛け。
江戸前の遊び人の原風景。

「飲む打つ買う+釣る」

僕が思う、遊びの種類としての釣りの、本質的な魅力がこれです。

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小一時間の釣り、場が荒れぬ前に10匹ほど釣ってリリース。
またあそんでね。

乾風の吹くこんな小さな場所で枯れ葦の原で老人が釣り糸を垂れる。
この風景が釣り師と魚を通じてドシブすぎるわけです。


この風景はかつて少年であったこの老人が釣り場で出会った老人を見ていた
50年以上前、この釣りはどこでも出来たそうです。
現在では金鮒が生息し得る自然環境(田畑及びその周辺を流れる水路の水質、そこに
生ける動植物の生存全て)がいまだ維持されている極限られた場所でしか釣れません。

金鮒は今日、準絶滅危惧種に定められ
僕が老人になる頃には絶滅するのが彼らの運命なのでしょうが
逆に時間の貴重さというものを理解出来るようになった気がします。
ちなみにミヤコタナゴは絶滅危惧種で、ほぼ絶滅です。

すでに少年ではない僕が、金鮒と出会い、そしてまたいつか
僕がこのことを伝える少年に出会えるのかどうかは、今は想像がつきません。

多くが知らぬ間に静かにこの世から去ってゆく種族の尊さを
自分たちのような少数派にしか理解出来ない特別なこの輝ける価値基準こそが
僕が一番重きを置いているところなのです。

「え〜?? 知らなかったッス!! マジすか??」

ちゃんちゃんっ!
じゃあ、後の祭りなんですよね。


僕は想う。
「人生についての人生」
というものを。
posted by sexysugi at 11:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする